カミサマごっこ

徒然なるままに、オタクする。

天使のいない12月(麻生明日菜√)感想

麻生明日菜が本当に欲しかったものは嘘か真実か、救済か破滅か

 

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年上のお姉さんヒロイン・麻生明日菜さん

 

 どうも、ななみのです。
 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はまた読んでくれてありがとうございます。
 今回は『天使のいない12月』という作品の明日菜√の感想記事となります。

 同作品の紹介に関しましては、前回記事にて簡潔ながら掲載しておりますのでそちらをご参考にどうぞ。

fancywave.hatenadiary.jp

 

 毎度になりますが注意点を二つほど。
 ・ネタバレ全開ですので、未プレイの方はブラバ推奨です
 ・本作は18禁となりますので、高校卒業以前の方に関しましてもブラバを強く推奨します

 

 以上2点ご承知で、それでは感想記事をどうぞ。

 

 

 真実と虚実の境界線は何処に

 このシナリオをプレイしたときにそこそこのプレイヤーが思うであろうことで、それはライターの方が意識されていたことでもあると感じるんですが、どこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘だったんだろう、って疑問なんですよね。ある種ここを明確に回答しないところに、この作品のダウナー感や陰鬱な空気、つまるところ悪く言えば未完結性、そしてよく言えばリアリティが表現されているなあと。さすれば、この点に自分なりの回答をぶつけてあげることが感想のひとつの着地点になってくるんじゃないかなとも思いました。

 前置かなきゃいけないのは、誰にとっての真実で誰にとっての虚実なのかということが一点。それから、まあこれを言ってしまうと本当に元も子もないんですけど、リアリティを前面に押し出した当作品において、真実と虚実をはっきりと分別していくことがいかに愚かしいことであるか、という本末転倒的な事実ですね。「この愛だけは真実だ(キリッ)」って決められればいいですし、今更言うまでもなくフィクションとしては一定の面白さを孕んでいると強く共感するところではあるんですが、あくまでもフィクションでしかなくて、白黒を綺麗に分けられるものってやっぱり現実感を担保できないんですよね。ここらへんとどうやって付き合っていくのかが、この作品をフィクションとノンフィクションの数直線上のどこに置くのかという答えに直結していくのだろうと結構確信しています。

 まず、作中で明確に嘘だと明日菜が答えているのは、主人公への優しさやセックスアピール等の(こういう言いかたはどうかとも思うんですが)ある意味での一般的なエロゲらしさですよね。というか、ぼくがこのシナリオは人を選ぶなあと感じた点でもあって、基本的にこういう作品......ゲームに限らずアニメやラノベでもそうなんですけど、プレイヤーや視聴者、読者がヒロインを好きになれるようにシナリオって作るもんじゃないですか。もちろん、これって最終的に要求される結果であって、その過程が天文学的なまでに多様だからこそ、古今東西に様々なヒロインが存在していて、未だにこの類のコンテンツが飽きられても廃れてもいないんでしょうけど......ここまで前置きしてもやはり麻生明日菜はかなり特異な存在だなあと感じました。

 「あんたなんか嫌いよ!」的なツンデレヒロインはごまんといますし直球に主人公を好くばかりがやり方ではないんですけど、にしても明日菜はさすがにやりすぎていて、ドラベースのWボールみたいになってますよね。他シナリオから垣間見える明日菜って年上の甘やかしてくれる系お姉さんで、例に漏れずぼくもこの点に惹かれて明日菜シナリオに入ったんですけど、中盤のここをひっくり返してくるのはマジでやべーなと。しかも、明日菜√がある程度進行しないとこの面は見えてこないうえに、その頃には明日菜TRUE以外の選択肢は全てBADしかなく、そのうえBADにいく選択肢すらも1回しかないわけですよ。だから明日菜の別側面を観測してから、このシナリオを降りることもそこそこ難しく、プレイヤー側を試しているというよりは、本当にエンディングを見せたいという気持ちをひしひしと感じましたね。

 話を元に戻します。明日菜にとって、ひとまとめにすれば主人公に好かれるための言動は全て嘘だったと。ただ、希望的観測な意見を一言付け加えるとすれば、全部が全部嘘だったわけでもなくて、明日菜にとって嘘が真実にすり替わっていった結果だったのではないかと思います。主人公に好かれたいという感情はそこそこに真実を帯びていて、しかしピュアな真実であると断定できないのは、それでは明日菜は到底満足できないという点にあるわけで。ここらへんはおやっさんが教えてくれているとおりで、与え包み込むような優しさだけでは明日菜は救えません。でも明日菜がその類の優しさを忌み嫌っているわけでもないとぼくは考えていて、例えばケーキ屋で未だにバイトしているのはその根拠の一つです。

 次の話に移ります。では明日菜にとって何が真実であったかといえば......それは作中で明確に言葉にされていないんですよね。読み返してもこのヒロイン、本当に難しくて、おそらく本当のこと言っている時間よりも嘘言っている時間のほうが圧倒的に長くて......どこまでが本当でどこまでが嘘かわからない。こういうところも上手いことプレイヤーをゲームに引き込んでいるなあと唸りました。

 はい。なので推測するしかないんですが、ひとつ例を挙げると妹ちゃんに写真を撮られそうになって拒絶反応を見せるシーンですかね。後々になって、明日菜本人があの行動が主人公くんに違和感を持たれる原因になったと悔やんでいますし、あれは嘘や演技ではなく明日菜の本質なんだろうと思います。すなわち、写真とはその瞬間を刹那的に切り抜くものであり、幸せなときの象徴であるとともに幸せでないときに自己を傷つけるものでもあります。

 ここまでは一般的に言えることで、明日菜的に解釈していくともう少し意味合いが変化していきます。彼女にとってその瞬間を刹那的に切り抜く必要性って幸せが失われてしまうことと同義なんですよね。だってその瞬間が永続するなら写真に残す必要なんてわけです。いつだってすぐそばにあるんですから。形あるものとして残すのは形ないものだから、と同時にそれがやがて失われてしまうものだからで、つまり喪失感に対する恐怖心は彼女にとっての真実だったんじゃないかなと思うのです。ただ、ここがスーパー皮肉なところで、その喪失感を埋める手立てとして明日菜が選んだのが喪失感と斬っても切り離せないセックスだって点ですよね。彼女自身が選択したことではあるものの、非常に不幸なことになっているなあと同情します。

 失いたくないなら得るしかない。けれど、それは手で白砂をすくうようなもので、底の空いた柄杓で水をくむような愚行で、得たそばから失ってしまうことと表裏一体です。それゆえに、麻生明日菜が真に願ったことは得ることではなく、失わないことでした。嘘はどこまでいっても嘘でしかありませんが、嘘の出発点にはいつだって真実があります。

 で、主人公にとって何が真実で何が虚実かというお話に切り替えてみます。

 少し留意しておかなきゃいけないのは、明日菜と違って主人公は嘘をついていません。すなわち、虚実に故意はなくて、主人公はあくまでも虚実を真実と思い込んでいるんですよね。だから、もう少し話は簡単になります。

 中盤に明日菜から拒絶され透子に逃避し出した主人公ですが、最後の選択肢では「明日菜さんとはちがう」と明に答えを口にします。つまり、最初から主人公に嘘なんてなくて、素直ないい子だったわけです。ただ、明日菜に嘘だったと提示されることで真実性が揺らいでしまっただけで、そこへの救済が透子での比較実験だったんですね。優しさ、ぬくもり、セックス、それらは透子からでも与えられるもので、けれどそれでは主人公はもはや満足できなくなっている――まるで誰かさんの鏡映しみたいだなあと思います。

 このように、主人公の明日菜への好意(と評するにはちょっとすっきりしないものがありますが)は作為的なものではなくて、純然たるそれであったように感じました。

 鏡映しということでちょっと触れたんですが、明日菜にとって主人公が鏡映しに見えたんじゃないかなあとか妄想していて、だとすれば彼に固執した理由にも納得しやすいものがあります。

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この台詞、あまりに好きすぎる


 それが端的に表れているのがこの台詞だと思うんですよ。や、個人的にめちゃめちゃいい表現というか、ストレートですっと胸に入ってくる言葉ですよね。聞いてるこっちまでドキッとするというか、サクッと刺されるような一言。いつかぼくも、こんな台詞が書けるようになってみたいもんです。

 閑話休題。要するに主人公だけでなく、明日菜自身もまた傷つくこと、傷つけることに怯えていて、だからこそ主人公の本質といいますか、それに気が付けたんじゃないかなあと。

 一応、それっぽいところ......前述のとおりどこまで信用していいかわからんのですけど、明日菜の過去を知ってしまってからの主人公って何をするでもなくて、明日菜の過去を受け入れようとしているんですよね。これって、そのまま明日菜本人が主人公を傷つけたってことなんじゃないかなって思うんですよ。経験値は当然あるんでしょうけど、他人が傷つくことにここまで敏感なのって、そういうことなんだと感じましたね。

 明日菜が初めて本性を見せるシーンの入りって、やっぱりいつもの明日菜らしくないんですよ。「することするだけだから」とわかりやすく自分の過去を匂わせてみたりと、主人公が自分に同情するかしないかを試している節があって。

 話が長くなってしまったので結論に入ります。

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縋りつくようなイラストに流れ落ちる涙......完成度高い√だなあ

 彼女が結局求めていたものはなんだったのかといえば、それは求められることです。断言しているのは、このシーンは彼女の嘘偽りない本性が出ているシーンだと考えているからです。求めていたことが求められることって、なんだか言い得て妙ですね。

 与え包み込むような優しさはいずれ失われる刹那的なものであるという認識が彼女の信条であり、その固さは「幸せだったあの日を例え返してもらえるとしても絶対戻らない」と断言できるほどです。今の彼女は、どのように与えられるものであれいつかは失われてしまう、とはっきり認識しています。だから他人から与えられることを待つ弱者ではなくて、他人に与えることを強要できる強者になろうとした。「お人形」とは、盲目的で自らの意思を持たない存在の比喩であり、与えられるばかりの弱者のことを指しているから、明日菜の過去を盲目的に受け入れようとした主人公に対して、お前に何がいるのかと冷たく問いかけたんだと思いますね。盲目的なお人形は、所詮は授与されるものを受け入れるしかない弱者であり、ともすれば与える側の強者にはなりえないのだという理屈です。

 ここらへん、「ノブレス・オブリージュ」の言葉もあるように、与えること、施すことは強者から弱者のベクトルへ向けられるものであると日々ぼくらは考えがちかもしれません。しかし、無償で与えられているものはいつ与えられなくなったとて抗う手段ではなく、ともすれば与えられることそのものが弱者であることの証明と言っても過言ではありません。強きをくじき、弱気を助けるといった概念はあくまでも性善説的な前提が必須であり、人間の醜い部分を限界まで目にしてきた明日菜にとって到底受容できる論理ではないのは当然の帰結かと思います。

 で、この話の着地点がどこに在るのかはとても興味深いところだなあと思います。一般的なシナリオならば、ここで明日菜の心の闇を照らせるだけのイベントを用意し、人間の性善説的な優しさを多少信頼できるように改善されたところで主人公とともに残りの人生を歩んでいく......的な流れになり得るのかとも思いますが、ご明察のとおりで、というかここまで読んだプレイヤーで、そんなことになると予想した人の数ってもはや皆無に近いんじゃないかと勝手ながら思うわけです。ダウナーな独白に陰鬱なBGMと、作品全体を飾る雰囲気は、そんな希望的観測を抱く余地を与えてくれません。与えてくれるのは主人公にとっての逃げ場くらいで......いや普通に生き地獄なんだよなあ。

 結局、主人公は自分の足で明日菜のもとに戻ることを選ぶわけですが、ここにはいろんな意味が内包されています。まず、その戻るという行動そのものが明日菜の傀儡に志願することに他ならないという事実です。だからこそ、彼女も主人公を受け入れ、エンディングを迎えるわけなんですが、あくまでも志願であるところがポイントなんだと感じます。例えば、中盤お弁当を作ってもらったことに違和感をおぼえつつも、その不和を飲み込む選択肢を提示される場面があります。あれ、マジで罠だと思うんですけど(受け入れるのがBADとか最初は気がつかないだろどうなってんだleafさんよぉ......)、それはさておき、あの選択肢で明日菜を受け入れる行動って、明日菜の意思まんまだと思うわけですよ。それに対して、透子という逃避先を用意したうえで、明日菜のもとへ戻るとしても所詮お人形さんにしかなり得ないという非情な現実を突きつける。まあ惨いやり口だなあと感嘆しますが、ここで明日菜を選択するのは主人公の意思でしかないわけです。

 これ、面白いのがやっぱり明日菜にとって主人公は操り人形なので、明日菜目線は一見強弱のはっきりした関係、すなわち明日菜が一方的にペイする関係に見えるんですけど、弱者が自分の意志で搾取されることを選ぶというのは弱者が強者に与えることでもあって、あくまでも与え施すのは強者であって弱者ではないという構図を見事にひっくり返すルール破りの一手なわけです。主人公が明日菜に透子との詳細を語らないのは、強弱の方向性が一方的でないことを暗に表しているのかもしれません。なんとなくですけど、この辺の変化に明日菜は気が付いていそうですよね、とかそんなことまで想像させちゃってくれるこのシナリオ、本当にすごいです。

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 信用し合い、与え合う関係性は一見とても温かいし、非常に理想的でフィクションとしてはめでたしめでたしの典型例と言えるかと思います。けれど、リアリティという枠組みで捉えたとき、例えば高校生時代から一生を添い遂げるカップルなんてめちゃくちゃ稀有なわけじゃないですか。刹那的という角度で現実感を持ち込んだ場合に、物語性がぶつかる「それを言っちゃ元も子もないじゃん」を歪んだ方向から超越したシナリオ、実にお見事でした。

 雪緒のシナリオはガチで泣くやつでしたが、こっちは「おお~」と口ぽかんしてる系でした。あと、掛け合いも結構好きだったよ。

 それではまたどこかで。

 

2020年6月 ななみの