カミサマごっこ

徒然なるままに、オタクする。

この青空に約束を(浅倉奈緒子√)感想

 どうも、ななみのです。
 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はまた読んでくれてありがとうございます。

 今回は『この青空に約束を』という作品の奈緒子(会長)√の感想記事を書いていきます。

 一応、このゲームは成人向けなのですが、規制対象となるような画像を掲載しませんし、筆者が言及したい点も主にはそこではないです。念のため。

 

作品紹介(ネタバレなし)

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 『この青空に約束を』は2006年に戯画より発売された成人向けゲームです。美少女ゲームアワード2006」の大賞受賞作品(シナリオ賞、主題歌賞、純愛系作品賞、ユーザー支持賞も受賞)であり、後にPS2PSP、vitaにも移植されていますね。

 筆者がこの作品を手に取ったきっかけは、シナリオライター丸戸史明氏であることですね。当ブログでも過去に扱った『パルフェ』や『WHITE ALUBM2』のライターでもあり、最近では『冴えない彼女の育てかた』でラノベ界を席巻した男です。

 

 以下あらすじ

『キミと交わした"あの日"の約束は、いまもこの島に息づいている――』

本州から少し南にある離島。
坂の多い島のふもとからずっと続く石段を登りきると、
下の町や海まで一望できる高台になっており
その高台の上に主人公たちの通う学園がある。
しかし島の産業の大部分を占めていた大企業の工場が来年撤退することになっており、
学生の数は次第に減少していた。
島にあるもう一つの高台の上に学園の旧校舎を改装した寮がある。
寮生の減少にともない現在は主人公とヒロインたちのみしか住んでいない状態だ。
そんな寮になぜかこの時期にやってきた転校生も巻き込み、
時には反発したりしながらもドタバタと楽しい毎日を過ごしていく。

 

PSVita専用ソフト『この青空に約束を―』|ストーリー (entergram.co.jp))から抜粋

 

 ぜひ上のリンクに飛んで、作品の雰囲気だけでもご覧になってください(移植版は成人向けではないため、対象年齢未満であっても閲覧可)。

 ヒロイン全員が載っている画像をネタバレのない範囲内で探しましたが、よさげなのが見つからなかったので割愛です。

 サラッと感想だけ流すと、愛らしくてさわやかな空気感のなかにもシナリオの重みが感じられて、幅広い層に勧めやすい作品に仕上がっているなと感じました。また、BGMも非常に秀逸であり、

 

以下常体。

 

 

 

 浅倉奈緒子(会長)√感想(以下ネタバレ有)

 

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 右側で、主人公・星野航の首を力強く絞め上げているのが浅倉奈緒子。美人という言葉がこれほどよく似合う表情もそうお目にかかれない。いえ、冗談。

 実際、このCGを見たときは笑い転げたもの。だって絵面がやばすぎるから。

 立ち位置的にはお姉さん系であり、元鞘でもある。

 

 さて本題。奈緒子√に関しては概ね満足。結ばれた後のイチャイチャシーンが冗長だというのは個人的な好みに大別されそうなので、ここではノーコメントとしておくが、こんなものなのだろうか(むしろ、さえちゃんや凛奈などのつぐみ荘関係者が納得するための時間として設けられた節もかなりありそう)。

 順番ぐちゃぐちゃに書きなぐっていくと、実は思いのほか驚いたシーンがあって。

 

 例えば、辻崎先輩出しちゃうんだ~とか。まあ、過去に航が面識あったことは明確に言及されてて(というかそれが原因で)、だから出してもいいんだけど出さなくても話自体丸く収まりそうだった。というか出て欲しくなかったというぼくの願望なのかもしれない。軽くNTRじゃん。

 辻崎先輩を出さないパターンだと、ふわっと昔の男がいました~で片付いたりもして。確かにもやもやが残るかもしれないけれど、でも現実的に考えて昔の男全員と面識があるってそれどんな田舎だしってなるわけで。その「どんな田舎」だからこそ成立したお話ではあるんだけども。結局は上書きできるかできないかでしかなくて、リアリティを追求するなら、あえて出さないという選択もあったのだろうか。

 あと、辻崎先輩帰ってきてから奈緒子が失踪して毎夜毎夜山に通いつめているシーン。あそこ、自分のなかでは奈緒子が航の気を引くためにやっているのかなと考えていたんですけど、実際はそんな意図はなくて、本当に辻崎先輩を困惑させるためにやっていたとのこと。本編だけ通すなら辻崎先輩のほうがよっぽど当て馬にされているから彼の方がかわいそうな気がしてくる。

 

 

奈緒子について

 

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 いわゆるモテ子。世渡り上手。隆史さんも言っていたけど、だからこそ他人の好意を軽視するきらいがある。

 けれど、航が綺麗にハマったのもむしろそこで、「簡単になんとかならないからこそ」なんだよね。それは相手を落とすという意味での容易さではなく、相手に嫌われる、幻滅させるという意味での容易さ。つぐみ寮に入り、散々冷徹な素を見せて、ぞんざいにこき使っても航は幻滅してくれない。

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 幻滅してくれないからこそ躍起になるし、躍起になるからハマっていく。本当に上手く噛み合ったって感じ。

 あと、これは超絶妄想なんだけど、奈緒子にとって辻崎先輩はおそらく憧れのようなものだと思う。初恋って言及もあったし、恋愛的な好意がちゃんと確立していたかというのも怪しい。じゃあ、どういう意味で憧れだったかといえば、つぐみ寮を支えて、つぐみ寮メンバーを守るという点に収束するんじゃないかなと。だから辻崎先輩が卒業してから奈緒子がそういう存在になっていったわけで。

 でもでも、奈緒子との初体験の際に彼女が発した「もう好きになっちゃダメだぞ」という台詞そのものが奈緒子の好意の裏返しなんだよね。だって、彼女に好意を抱く男なんて履いて捨てるほどいたわけで、そいつらにいちいち同じ対応をしていたかというともちろんそんなわけなくて。好きになられたら困るのは、奈緒子も好意を抱いているからで、結ばれてしまいたいのは山々だけど、それが許されるような立場にいないという自覚があってこそなのかも。

 

 それから、これどうしても書かないといけないことで、タイミングよかったから言うと、奈緒子√って絶対後半に回した方がいい。なんでかって、海己というメインヒロイン(?)のせいなんですけど。つまり、海己がどういう存在なのかっていうのが暗示的になっているシナリオでもあるなと。んで、他人様のメイン√でそれ垣間見える時点で相当な影響力のヒロインなので、絶対後回しにすべきなんですよね。味の濃いものは後から食べたほうがフルコース全体での満足感は高くなるので。

 奈緒子にとっての航は、航にとっての海己、という解釈は確かに乱暴だとは思うんだけど、庇護の対象であり、「お前のものは俺のもの」的なジャイアン理論からも類似点が結構多いような気がして。もちろん、同じ寮の仲間として海己が奈緒子を見てきたからこそ、奈緒子へ好意は伝わっていると感じ取っていた(女の勘)と言えなくもないんだけど、それだけじゃなくて奈緒子の気持ちになれたから、奈緒子の立場になって考えることができたからこそなんじゃないかなって。

 つまり、奈緒子が航を守る理由≒航が海己を守る理由 と感じたから、海己は航を安心させ、元気づけ、背中を押してあげる役割に徹したんだと思う。だとすると、航の海己への気持ちも全部わかったうえで(しかも奈緒子と引っ付く結果として、いつか自身から航が離れていってしまう懸念も当然あるはずで)、ああいった立ち回りになっているんだから、本当に胸が締め付けられるもんだな。ヒロイン同士の絡みは大好きなので、もう少し掘り下げて欲しかった感は否めないけど。

 真逆のこと言うようだけども、「海己が~」とかたらたら言わないのは奈緒子のさっぱりとした部分で魅力でもあったんかも。そういう部分で現状期待してるのは凛奈なんよな。丸戸系めんどくさいヒロイン部門の血が流れてるの共通のとこからありありと感じられて、プレイするのが楽しみ。と言いつつも絶対海己の話と絡んでくるんだろうなって予想してたから個人的に後回しのつもりだった。そのつもりで奈緒子√いったんだけど過信はよくないね。その意味ではさえちゃんとイチャコラするのが正解だったっぽい。

 

 ということで多忙シーズンなのでとりあえずここらへんで筆を置きます。

 次回は静か宮か、ワンさえちゃんもあるかも。凛奈と海己の出番はだいぶ先なので、ぼくが泣いて悶える姿をどうぞお楽しみにお待ちくださいまし。

 それではまたどこかで。

天使のいない12月(麻生明日菜√)感想

麻生明日菜が本当に欲しかったものは嘘か真実か、救済か破滅か

 

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年上のお姉さんヒロイン・麻生明日菜さん

 

 どうも、ななみのです。
 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はまた読んでくれてありがとうございます。
 今回は『天使のいない12月』という作品の明日菜√の感想記事となります。

 同作品の紹介に関しましては、前回記事にて簡潔ながら掲載しておりますのでそちらをご参考にどうぞ。

fancywave.hatenadiary.jp

 

 毎度になりますが注意点を二つほど。
 ・ネタバレ全開ですので、未プレイの方はブラバ推奨です
 ・本作は18禁となりますので、高校卒業以前の方に関しましてもブラバを強く推奨します

 

 以上2点ご承知で、それでは感想記事をどうぞ。

 

 

 真実と虚実の境界線は何処に

 このシナリオをプレイしたときにそこそこのプレイヤーが思うであろうことで、それはライターの方が意識されていたことでもあると感じるんですが、どこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘だったんだろう、って疑問なんですよね。ある種ここを明確に回答しないところに、この作品のダウナー感や陰鬱な空気、つまるところ悪く言えば未完結性、そしてよく言えばリアリティが表現されているなあと。さすれば、この点に自分なりの回答をぶつけてあげることが感想のひとつの着地点になってくるんじゃないかなとも思いました。

 前置かなきゃいけないのは、誰にとっての真実で誰にとっての虚実なのかということが一点。それから、まあこれを言ってしまうと本当に元も子もないんですけど、リアリティを前面に押し出した当作品において、真実と虚実をはっきりと分別していくことがいかに愚かしいことであるか、という本末転倒的な事実ですね。「この愛だけは真実だ(キリッ)」って決められればいいですし、今更言うまでもなくフィクションとしては一定の面白さを孕んでいると強く共感するところではあるんですが、あくまでもフィクションでしかなくて、白黒を綺麗に分けられるものってやっぱり現実感を担保できないんですよね。ここらへんとどうやって付き合っていくのかが、この作品をフィクションとノンフィクションの数直線上のどこに置くのかという答えに直結していくのだろうと結構確信しています。

 まず、作中で明確に嘘だと明日菜が答えているのは、主人公への優しさやセックスアピール等の(こういう言いかたはどうかとも思うんですが)ある意味での一般的なエロゲらしさですよね。というか、ぼくがこのシナリオは人を選ぶなあと感じた点でもあって、基本的にこういう作品......ゲームに限らずアニメやラノベでもそうなんですけど、プレイヤーや視聴者、読者がヒロインを好きになれるようにシナリオって作るもんじゃないですか。もちろん、これって最終的に要求される結果であって、その過程が天文学的なまでに多様だからこそ、古今東西に様々なヒロインが存在していて、未だにこの類のコンテンツが飽きられても廃れてもいないんでしょうけど......ここまで前置きしてもやはり麻生明日菜はかなり特異な存在だなあと感じました。

 「あんたなんか嫌いよ!」的なツンデレヒロインはごまんといますし直球に主人公を好くばかりがやり方ではないんですけど、にしても明日菜はさすがにやりすぎていて、ドラベースのWボールみたいになってますよね。他シナリオから垣間見える明日菜って年上の甘やかしてくれる系お姉さんで、例に漏れずぼくもこの点に惹かれて明日菜シナリオに入ったんですけど、中盤のここをひっくり返してくるのはマジでやべーなと。しかも、明日菜√がある程度進行しないとこの面は見えてこないうえに、その頃には明日菜TRUE以外の選択肢は全てBADしかなく、そのうえBADにいく選択肢すらも1回しかないわけですよ。だから明日菜の別側面を観測してから、このシナリオを降りることもそこそこ難しく、プレイヤー側を試しているというよりは、本当にエンディングを見せたいという気持ちをひしひしと感じましたね。

 話を元に戻します。明日菜にとって、ひとまとめにすれば主人公に好かれるための言動は全て嘘だったと。ただ、希望的観測な意見を一言付け加えるとすれば、全部が全部嘘だったわけでもなくて、明日菜にとって嘘が真実にすり替わっていった結果だったのではないかと思います。主人公に好かれたいという感情はそこそこに真実を帯びていて、しかしピュアな真実であると断定できないのは、それでは明日菜は到底満足できないという点にあるわけで。ここらへんはおやっさんが教えてくれているとおりで、与え包み込むような優しさだけでは明日菜は救えません。でも明日菜がその類の優しさを忌み嫌っているわけでもないとぼくは考えていて、例えばケーキ屋で未だにバイトしているのはその根拠の一つです。

 次の話に移ります。では明日菜にとって何が真実であったかといえば......それは作中で明確に言葉にされていないんですよね。読み返してもこのヒロイン、本当に難しくて、おそらく本当のこと言っている時間よりも嘘言っている時間のほうが圧倒的に長くて......どこまでが本当でどこまでが嘘かわからない。こういうところも上手いことプレイヤーをゲームに引き込んでいるなあと唸りました。

 はい。なので推測するしかないんですが、ひとつ例を挙げると妹ちゃんに写真を撮られそうになって拒絶反応を見せるシーンですかね。後々になって、明日菜本人があの行動が主人公くんに違和感を持たれる原因になったと悔やんでいますし、あれは嘘や演技ではなく明日菜の本質なんだろうと思います。すなわち、写真とはその瞬間を刹那的に切り抜くものであり、幸せなときの象徴であるとともに幸せでないときに自己を傷つけるものでもあります。

 ここまでは一般的に言えることで、明日菜的に解釈していくともう少し意味合いが変化していきます。彼女にとってその瞬間を刹那的に切り抜く必要性って幸せが失われてしまうことと同義なんですよね。だってその瞬間が永続するなら写真に残す必要なんてわけです。いつだってすぐそばにあるんですから。形あるものとして残すのは形ないものだから、と同時にそれがやがて失われてしまうものだからで、つまり喪失感に対する恐怖心は彼女にとっての真実だったんじゃないかなと思うのです。ただ、ここがスーパー皮肉なところで、その喪失感を埋める手立てとして明日菜が選んだのが喪失感と斬っても切り離せないセックスだって点ですよね。彼女自身が選択したことではあるものの、非常に不幸なことになっているなあと同情します。

 失いたくないなら得るしかない。けれど、それは手で白砂をすくうようなもので、底の空いた柄杓で水をくむような愚行で、得たそばから失ってしまうことと表裏一体です。それゆえに、麻生明日菜が真に願ったことは得ることではなく、失わないことでした。嘘はどこまでいっても嘘でしかありませんが、嘘の出発点にはいつだって真実があります。

 で、主人公にとって何が真実で何が虚実かというお話に切り替えてみます。

 少し留意しておかなきゃいけないのは、明日菜と違って主人公は嘘をついていません。すなわち、虚実に故意はなくて、主人公はあくまでも虚実を真実と思い込んでいるんですよね。だから、もう少し話は簡単になります。

 中盤に明日菜から拒絶され透子に逃避し出した主人公ですが、最後の選択肢では「明日菜さんとはちがう」と明に答えを口にします。つまり、最初から主人公に嘘なんてなくて、素直ないい子だったわけです。ただ、明日菜に嘘だったと提示されることで真実性が揺らいでしまっただけで、そこへの救済が透子での比較実験だったんですね。優しさ、ぬくもり、セックス、それらは透子からでも与えられるもので、けれどそれでは主人公はもはや満足できなくなっている――まるで誰かさんの鏡映しみたいだなあと思います。

 このように、主人公の明日菜への好意(と評するにはちょっとすっきりしないものがありますが)は作為的なものではなくて、純然たるそれであったように感じました。

 鏡映しということでちょっと触れたんですが、明日菜にとって主人公が鏡映しに見えたんじゃないかなあとか妄想していて、だとすれば彼に固執した理由にも納得しやすいものがあります。

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この台詞、あまりに好きすぎる


 それが端的に表れているのがこの台詞だと思うんですよ。や、個人的にめちゃめちゃいい表現というか、ストレートですっと胸に入ってくる言葉ですよね。聞いてるこっちまでドキッとするというか、サクッと刺されるような一言。いつかぼくも、こんな台詞が書けるようになってみたいもんです。

 閑話休題。要するに主人公だけでなく、明日菜自身もまた傷つくこと、傷つけることに怯えていて、だからこそ主人公の本質といいますか、それに気が付けたんじゃないかなあと。

 一応、それっぽいところ......前述のとおりどこまで信用していいかわからんのですけど、明日菜の過去を知ってしまってからの主人公って何をするでもなくて、明日菜の過去を受け入れようとしているんですよね。これって、そのまま明日菜本人が主人公を傷つけたってことなんじゃないかなって思うんですよ。経験値は当然あるんでしょうけど、他人が傷つくことにここまで敏感なのって、そういうことなんだと感じましたね。

 明日菜が初めて本性を見せるシーンの入りって、やっぱりいつもの明日菜らしくないんですよ。「することするだけだから」とわかりやすく自分の過去を匂わせてみたりと、主人公が自分に同情するかしないかを試している節があって。

 話が長くなってしまったので結論に入ります。

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縋りつくようなイラストに流れ落ちる涙......完成度高い√だなあ

 彼女が結局求めていたものはなんだったのかといえば、それは求められることです。断言しているのは、このシーンは彼女の嘘偽りない本性が出ているシーンだと考えているからです。求めていたことが求められることって、なんだか言い得て妙ですね。

 与え包み込むような優しさはいずれ失われる刹那的なものであるという認識が彼女の信条であり、その固さは「幸せだったあの日を例え返してもらえるとしても絶対戻らない」と断言できるほどです。今の彼女は、どのように与えられるものであれいつかは失われてしまう、とはっきり認識しています。だから他人から与えられることを待つ弱者ではなくて、他人に与えることを強要できる強者になろうとした。「お人形」とは、盲目的で自らの意思を持たない存在の比喩であり、与えられるばかりの弱者のことを指しているから、明日菜の過去を盲目的に受け入れようとした主人公に対して、お前に何がいるのかと冷たく問いかけたんだと思いますね。盲目的なお人形は、所詮は授与されるものを受け入れるしかない弱者であり、ともすれば与える側の強者にはなりえないのだという理屈です。

 ここらへん、「ノブレス・オブリージュ」の言葉もあるように、与えること、施すことは強者から弱者のベクトルへ向けられるものであると日々ぼくらは考えがちかもしれません。しかし、無償で与えられているものはいつ与えられなくなったとて抗う手段ではなく、ともすれば与えられることそのものが弱者であることの証明と言っても過言ではありません。強きをくじき、弱気を助けるといった概念はあくまでも性善説的な前提が必須であり、人間の醜い部分を限界まで目にしてきた明日菜にとって到底受容できる論理ではないのは当然の帰結かと思います。

 で、この話の着地点がどこに在るのかはとても興味深いところだなあと思います。一般的なシナリオならば、ここで明日菜の心の闇を照らせるだけのイベントを用意し、人間の性善説的な優しさを多少信頼できるように改善されたところで主人公とともに残りの人生を歩んでいく......的な流れになり得るのかとも思いますが、ご明察のとおりで、というかここまで読んだプレイヤーで、そんなことになると予想した人の数ってもはや皆無に近いんじゃないかと勝手ながら思うわけです。ダウナーな独白に陰鬱なBGMと、作品全体を飾る雰囲気は、そんな希望的観測を抱く余地を与えてくれません。与えてくれるのは主人公にとっての逃げ場くらいで......いや普通に生き地獄なんだよなあ。

 結局、主人公は自分の足で明日菜のもとに戻ることを選ぶわけですが、ここにはいろんな意味が内包されています。まず、その戻るという行動そのものが明日菜の傀儡に志願することに他ならないという事実です。だからこそ、彼女も主人公を受け入れ、エンディングを迎えるわけなんですが、あくまでも志願であるところがポイントなんだと感じます。例えば、中盤お弁当を作ってもらったことに違和感をおぼえつつも、その不和を飲み込む選択肢を提示される場面があります。あれ、マジで罠だと思うんですけど(受け入れるのがBADとか最初は気がつかないだろどうなってんだleafさんよぉ......)、それはさておき、あの選択肢で明日菜を受け入れる行動って、明日菜の意思まんまだと思うわけですよ。それに対して、透子という逃避先を用意したうえで、明日菜のもとへ戻るとしても所詮お人形さんにしかなり得ないという非情な現実を突きつける。まあ惨いやり口だなあと感嘆しますが、ここで明日菜を選択するのは主人公の意思でしかないわけです。

 これ、面白いのがやっぱり明日菜にとって主人公は操り人形なので、明日菜目線は一見強弱のはっきりした関係、すなわち明日菜が一方的にペイする関係に見えるんですけど、弱者が自分の意志で搾取されることを選ぶというのは弱者が強者に与えることでもあって、あくまでも与え施すのは強者であって弱者ではないという構図を見事にひっくり返すルール破りの一手なわけです。主人公が明日菜に透子との詳細を語らないのは、強弱の方向性が一方的でないことを暗に表しているのかもしれません。なんとなくですけど、この辺の変化に明日菜は気が付いていそうですよね、とかそんなことまで想像させちゃってくれるこのシナリオ、本当にすごいです。

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 信用し合い、与え合う関係性は一見とても温かいし、非常に理想的でフィクションとしてはめでたしめでたしの典型例と言えるかと思います。けれど、リアリティという枠組みで捉えたとき、例えば高校生時代から一生を添い遂げるカップルなんてめちゃくちゃ稀有なわけじゃないですか。刹那的という角度で現実感を持ち込んだ場合に、物語性がぶつかる「それを言っちゃ元も子もないじゃん」を歪んだ方向から超越したシナリオ、実にお見事でした。

 雪緒のシナリオはガチで泣くやつでしたが、こっちは「おお~」と口ぽかんしてる系でした。あと、掛け合いも結構好きだったよ。

 それではまたどこかで。

 

2020年6月 ななみの

天使のいない12月(須磨寺雪緒√)感想

 須磨寺雪緒という現実の非実在性――リアリティと死生観の狭間で――

 

 どうも、ななみのです。
 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はまた読んでくれてありがとうございます。

 今回は『天使のいない12月』という作品の雪緒√の感想記事となります。

 『天使のいない12月』は、2003年にleafから発売されたエロゲです。『うたわれるもの』や『こみっくパーティー』を手掛けたスタッフらによる待望の新作......ということだったらしいです。

 

leaf.aquaplus.jp

 

 詳しくはこちらの方に載せておきます。

 もっとも、『うたわれ』や『こみパ』を知っている方々の大半は『天いな』も知っていそうな気がするので、前置きはここらへんにして感想に入っていきましょう......っととと。

 

 注意書きの前に、未プレイ者に向けてこのゲームの評価を。

 このゲーム、18禁です。や、文字通りなんですけど、それ以上の意味を帯びているのがこの作品でして、誤解を恐れずに言えばゲームはゲームであると弁えられるプレイヤーさんにのみ履修を推奨できる作品かなと。言いかたが難しいのですが、ある種とんでもない危険性を秘めたゲームだと思います。

 しかし、裏を返せばそれはとてつもない名作であるという事実の証拠でもあります。プレイヤーに強く影響を及ぼし得るそのポテンシャル、はっきり言って時代とともにほこりを被っていくにはあまりに惜しいです。2003年に発売されたとは思えないほどに現代の少年少女たちの裸を描いており(意味深)、そのリアリティは特筆に値します。

 未プレイの方々には、ぜひぜひその目で確かめていただきたいなと思います。

 

 以下注意点を二つほど。

 ・ネタバレ全開ですので、未プレイの方はブラバ推奨です

 ・本作は18禁となりますので、高校卒業以前の方に関しましてもブラバを強く推奨します

 

 死生観の傍らで揺れ動く感情

 

 須磨寺雪緒√にてフィーチャーされる生と死の狭間での揺らぎはまず言及を避けられないでしょう。

 重要なことは、主人公くんも雪緒も決して精神異常者じゃないんですよね。雪緒に関しても壊れてしまっていただけです。異常な動作音を上げるパソコンが魔界から送り込まれた侵略兵器だなんてことはなくて、結局バッテリーの劣化が原因だったtりするわけじゃないですか。狂って見えることと実際に狂っていることは同一じゃないわけで、しかし遠目に見れば同じように映るのもまた事実です。

 でも、その場合ってちゃんと近づいて、PCの蓋を外して調べてみたら案外ちゃんと見えてくるもので、クローズアップしていく過程で人物の本性を明らかにしていく、その解像度の変化が極めて自然かつ現実味を帯びているなと感じました。

 例えば、主人公くんって死にたがりさんに見えて、雪緒が妹ちゃんに近づこうとすることにはめちゃめちゃ嫌悪感示すじゃないですか。仮に生死の境目もわからなくなっている精神異常者だったらこんなことしないんですよね。

 彼にとって重要なことはあくまでも自分の周りの世界の存亡なんですよ(「世界が滅ぶわけじゃあるまいし」なんて言い回しも結構繰り返されていましたし)。で、その世界の中に自分が存在しない、できていないことが言いようのない無気力感や生きた心地がしな......まあこれは誤用に近いですが、とにかくそうやって繋がっているわけです。

 それゆえに、自分が死のうと死ぬまいと周りの世界は永続するのだろうと経験的に思い込んでいるわけで、それが自分の存在理由を見出せない理由、消極的な孤独さにリンクしているわけです。

 そんな彼にとって、自分の生死(=この世界に自分が存在するかしないか)が世界の存亡に関わってくる、なんてエヴァみたいな話になってきちゃうのは雪緒のせい(おかげ)なんですよね。

 自分の目の前では雪緒は死ねない。雪緒が死ぬと雪緒に恋している妹の世界が崩れてしまう。だから雪緒を死なせないことが絶対的な存在理由だし、雪緒が纏う死の予感に惹かれてしまうのもそのせいだったりします。

 ここで主人公くんが果たしている役割のバランスって実はものすごく難しいと思いました。生きるか死ぬかに二分した場合、生きるほうに振れれば雪緒が死にかねない。かといって死ぬほうに振れてしまっては雪緒が死んでしまう。だから雪緒に惹かれつつも彼女の観念を否定するというあまのじゃくなことを強いられているわけです。ここらへんの根底にも、主人公くんの周りの世界の捉え方が影響していますね。

 そいで、ここらへんが本当にすごくプレイヤーを引き込んでいくと思う。

 プレイヤー目線でも主人公目線でも雪緒って中盤までは異常者に映るはずで、けれどそこのひっくり返し方から雪緒に近づいていくシーン(犬の墓標に立ちすくむ雪緒から彼女の過去が語られるところ)がめちゃめちゃすんごいんですよ。

 雪緒に共感していく過程の伏線で一気にチェス盤をひっくり返す()んです。このシナリオで雪緒への共感が主人公に芽生える部分です。

 ミクロには主人公も直近で犬を拾っていて、その犬の生死が自分の周りの世界に組み込まれていたことがあります。そして、マクロな視点では、雪緒が語ったところの、受けていた愛情も永遠ではなく、ただそこにあるだけの想いでいつかは失せてしまうというある種の強迫観念......つまり周りの世界が変わっていってしまうことへの強い恐怖感のことだと思いました。

 孤独だったのは雪緒だけじゃなくて、主人公くんもそうだったわけで、自分の周りの世界が滅ぶことへの恐怖を共有できたからこそ、「雪緒のためにできること」なんて発想に至ったんだなーと。

 冷静に考えてみたら、飼っていた犬が死んだことひとつでそこまで人生が狂うことなんてないかもしれない。けれど、飼っていたペット、近しい人物が亡くなるという事象は現実世界にありふれていて、そういった面ですぐそこにあるリアリティと幻想的で狂想的な恐怖心がよくまとまっていて、より一層プレイヤーを刺激するなあと、ただただ泣きました。

 で、ここで主人公くんの心が動いて、雪緒のために死ぬという決断に至るわけですけど、最後の最後でこの心の動きが雪緒に死を躊躇わす原因になるわけじゃないですか。あーー、書いてて泣けてきたわ。自分の周りの世界が変わってしまうことをマイナスとしかとらえていなかったふたりが、それだけじゃないことに気が付いて生きていくことを決意するエンディングと、流れだす『ヒトリ』のイントロ......大号泣のバーゲンセールですよこんなの。マジでずるいんだよなあ。

 

 雪緒シナリオって、タイトル・サブタイ回収が半端ないんですよ。

 タイトル『天使のいない12月』の「天使」とは、ガワこそ人間だけど人間の尺度でものを考えない・生きていなくて、それゆえにかえって儚く美しく映る存在のメタファーで、具体的には雪緒のことでしょう。でも、「天使」はいないんですよね。雪緒は「天使」ではなくて、ちゃんと人間だった。雪緒が人間に感じられたという事実が、主人公くんからの共感を象徴しています。

 それから、「優しさで守れるあしたなんかどこにもない」というキャッチ。これもすごく雪緒√で、結局どんなに優しくしたところであした(≒周りの世界)は守れないんですよね。今日と同じ明日が永続するなんて所詮は思い込みで、主人公くんのそんな先入観をぶち壊す存在こそ「いつ死ぬかもわからない女」こと雪緒だったわけですが、あしたを守ることではなく、日々変わっていくあしたを受容しながら生きていくのだという結論には、優しさ以上の意味を見出せたのだという清々しいエンディングが如実に表れていると見ました。だって、あしたを守る(≒今日と同じ明日をおくる)ためには死んじゃうのが手っ取り早いわけじゃないですか。でも、優しさは生と結びついているから死ぬことと優しさは同居できないというバイアスが雪緒にはあって。そういった点でも主人公くんの答えは雪緒にとって革命的だったんじゃないかなと思いますねえ。

 最後に、副題(?)の「願ったのは束の間の安らぎ、叶ったのは永遠という贖罪」ってやつ。多分、作品全体を通して「体関係で安らぎを得たつもりだったけど、それ以上に『結局は体でしか繋がれず、心を通じ合わせることはできない』ってことがかえって強調されて感じられた」的な意味合いがあるのかなーと漠然と思うなどしてました。

 事実、雪緒√の序・中盤はそうで、安らぎという名の刹那的な生の実感を手のひらで弄んでは失うことを恐れていたわけでして。実際、主人公くんが雪緒のために死ぬことを選べたのはこれが大きい。けれど、終盤をまわってみるとまた意味合いが変わってくる言葉になるんですよね。

 雪緒√のラストで屋上から飛び降りること、すなわち死こそが安らぎで、死ぬという選択肢が消滅した世界で共に生きていくことこそが贖罪になっているんですよね。それ以前ではセックスによる生が安らぎ、雪緒の死に近づいていくことが贖罪と表現されているように感じていて、生死観が真逆になっているんですよね。

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 けれど、ここがめちゃめちゃ興味深くって、最後の最後で「生きていく」という結論を、虚実であり刹那的であると後悔しているんですよね。やばくないですか? リアリティに溢れすぎてて現実味が洪水起こしているんですよ。

 だって、この人たち、端的に言えば生きていくのがしんどくて自殺未遂したわけで、ラストで死生観が180度変わったように思いきや、生きていくのはやっぱりしんどいし辛い。だから生きていくと決めたことは嘘であり一時の気の迷いだったんだなあと悔やんでそれでも生き続けていくわけです。

 このように、後悔し続けていくことこそが雪緒√にあるところの真の贖罪なんだと思います。贖罪というからには罪がある。それは死ぬと決断してしまったこと、まわりまわって生きてしまったことですね。

 最後の最後で、劇的に変わった! と見せかけて、しかし人間はそんな簡単に変われないという事実を突きつけてくるところが非常に残酷でありつつも、並々ならぬリアリティを携えつつふたりのこれからが地平に在ることを暗示していて、雪緒√のエンディングはこれしかなかったと思わざるを得ません。拍手。

 

 最後に

 須磨寺雪緒という女の子は特異なヒロインだと思います。というのも、ぼくは雪緒のような女の子に出会ったことはないし、きっと読者諸兄の多くもそうであろうと推察します。しかし、最後までプレイしてみると不思議とそんな感じもしてきません。まるで、そこらへんにいるひねた女子高生のような......錯覚なんでしょうね。

 それから、ぼくはこの√を鬱ゲーだとは思っていません。陰鬱な雰囲気に包まれたシナリオとその空気感を煽っていくBGMにはお見事というほかありませんが、プラスとマイナスに二分するにはもったいない物語だと言えます。

 

 最後の最後に。

 プレイし終わってから攻略サイトを初めて見たのですが、雪緒√って最初の三択で「どうせ、いまだけだ」を選ばないと入れないシナリオらしくて。

 や、この選択肢についてはまあ同じこと2回書くことになっちゃうので割愛しますが、我ながらよく雪緒√にいったなと思います。 

 だって、見た目だけならぼくは明日菜さんと結婚したいし。

 

 

 おわり 2020年5月末

パルフェ(恵麻・里伽子√)感想

 どうも、ななみのです。

 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はまた読んでくれてありがとうございます。

 パルフェの感想記事も、早くも三回目ということで、今回は今作の核とも呼べるヒロイン・夏海里伽子と、彼女とは切っても切り離せない杉澤恵麻の√について書いていきます。

 書きたいことは色々あるのですが、前置きをいつまでもしていると本題に入れそうにないのでひとまず個別感想に移ろうと思います。

 

 ●恵麻√

 恵麻には個人的に変な思い入れが色々あるキャラだったんですよね。

 一周目、右も左もわからず前情報もないままとりあえずゲームを進め、共通Nに入ったことは書きましたが、当初ぼくは主人公・仁のことを「ひとし」と読むのか、それとも「じん」と呼ぶのか、はっきりしなかったんですよ。「ひとし」と呼ぶのはかすりさん、里伽子、「じん」と呼ぶのは恵麻や美緒であり、後者の筆頭とも言うべき位置に彼女はいました。後に、共通シナリオにおける帰省シーンでネタバラシがあるのですが、中途半端に恵麻シナリオを多量摂取していたぼくは「どっちが正しいんや......」と悶々としていたことが印象深いです。

 また、初っ端の共通Nで最も記憶に残ったシナリオは『本当の四周忌』でして、そのせいもあってかなんとなく因縁のあるヒロインとして認識していましたね。

 さて、そんなこんなで他のヒロインよりも思い入れもひとしおといった塩梅でしたが、恵麻の個別に入るには並々ならぬ苦労が待っていました。

 

 

 既プレイの方はよーーーーくご存知のことと思います。恵麻と里伽子の二択を迫られる場面です。そもそもシナリオ選択以外に選択肢を迫られること自体が稀有であるこの作品において、こうやって共通の最後の最後で選択肢を提示してくるのは「てめえ丸戸とうとうやりやがったなぁ......(涙目)」とならざるを得なかったわけです。

 選択肢ひとつでどちらのヒロインの下へ赴くか、それを直接的に選択しなければならないシナリオはこのゲームにおいてこの一点のみです。玲愛or由飛の選択も、あれは選択肢というよりはシナリオ選択ですし。

 要するに、どちらかのヒロインを見捨てることをダイレクトに強制されているわけです。

 「いやいや、お前ここまで個別4本もこなしてきて何言うとんねん」って話ではあるんですが、特定のヒロインを選択することと、特定のヒロインを切り捨てることは同じ結果こそもたらせど、その過程、心理的ハードルには大いに差異が見受けられます。

 そして、こういうとき、里伽子のようなヒロインを見放すことができないのがななみのという人間でした。脱線しますが、このブログでも『WHITE ALBUM2』の感想記事でcodaかずさTの感想がないのはそういう理由です。雪菜を放置することがあまりにしんどすぎたので、そもそもプレイできませんでした。

 話を戻しまして、そういった理由で恵麻√を選ぶのに精神的な抵抗があったのですが、ならばと里伽子をサクッと選ぶこともできなかったのです。理由は2つあって、片方は前述のとおり恵麻に少なからず思い入れがあること。そしてもう片方は......おそらく里伽子√を見てしまえば『パルフェ』というゲームを満足してしまうだろう、というある種の確信めいた憶測があったからでした。つまりは攻略推奨順的な障壁が立ちはだかったわけですね。誰に聞いても、どんな記事を読んでも「里伽子√は最後にしておけ」と一様に口を揃えてあります。ここまでのプレイだけでも、攻略推奨順がそれなりに重要であることは身に染みていたので、非常に葛藤しました。

 で、結果としてぼくは恵麻√を先にプレイしました。本当に好判断だったなと後に思い知ることになりました。

 はい、それでは個別の内容に入っていきましょう。

 『......俺が兄ちゃんの代わりにならないように、ま~姉ちゃんは、里伽子の代わりにはならないんだよ!』

 やはりワンフレーズで√全体を支配する台詞回しは流石です。この一言にあらゆる願望、相違、悲嘆、皮肉が凝縮されています。

 まず、共通から示唆されるところの、仁から兄・一人への妬み。どれだけあがいても届かない、されど嫌いになることもできないという『前にも後ろにも進めない』状況。兄へのコンプレックスは恵麻√にての解決が仄めかされる最大の課題のひとつでもあります。

 しかし、既にここから皮肉なもので、本当に代わりだったのは仁ではなく一人であったという真実が後半にて露呈します。恵麻の目線に立ってみれば、違うよそうじゃないよと叫び出したくなることでしょうね。このように、パティシエールとしては超一流でも、姉としては三流のおちゃらかスカポンタンのように他√で描かれてきた恵麻が、実は凄まじい歪みと重みを背負っていたことが明らかにされました。かなり衝撃的でした。

 次に後半の部分。これは恵麻自身が思い続けてきたことであって、再度突き付けられるにはあまりに鋭利な呪詛です。そんなことは百も承知なんですよね、恵麻は。結局、一人は仁の代わりにならなかった。今でも仁へと気持ちが向いているのがその証拠です。誰かを誰かの代替にすることがいかに無為で残酷であるかということを、恵麻は痛いほどにわかっているはずで、それでもなお仁へと手を伸ばす姿は心がめちゃめちゃ痛みます。

 ただ、あくまでも仁への献身行為であると全てを捉えることも難しいでしょう。このままでは仁が不幸になると確信しているにもかかわらず、自身を里伽子の代わりでいいと提示できるのは、仁を慮っての行動だけではなく、一人に対する辛辣な揶揄でもあるのかな、とか、まあここらへんは妄想の域を出ませんが、恵麻がこれまで描かれていたいも理性的な人物であると仮定するなら、代償行為によって恵麻を手に入れようとした一人と同じ末路を辿ろうとしている自分を俯瞰的に脳裏に焼き付ける行動だったんじゃないかな......とか。

 はい。ところで、仁が上のように語ってこそいるものの、その実情は「一人は仁の代わりにならない」といったものでした。ともすれば、これ後者のほうも逆が真であると仮定できる(というか、こっちを暗示する意図もある)気がするんですよ。

 つまるところ、「里伽子は恵麻の代わりにはならない」が真であって、まさに里伽子への葛藤の末に辿り着いた恵麻√の序盤の台詞にしては、非常に涙を誘うものがあるかと思いました。自身を里伽子の代わりだと迫る恵麻に対してこの台詞......やばいですね。

 

 そして、この√ではついに、ふたりの禁断の関係に触れていくことになります。

 つまり、恋人――他人と家族の境界はどこにあるのかというクエスチョンです。

 家族とは本来血縁関係があるもの。しかし、世の中には血縁関係のない家族関係も多数存在しており、仁と恵麻の関係性は後者のなかでもさらにマイノリティであると断言せざるを得ません。そんななかで、家族の定義は仁の過去体験と苦い初恋によって歪みを増していくこととなりました。この異変を正視し、家族という枠組みを再定義することを要求するのが他でもない恵麻√だったなと感じました。

 だって、普通の『きょうだい』ならいい歳して溺愛して激しいスキンシップなんかとりません。だって、普通の『きょうだい』なら弟が姉に恋人への贈り物をプレゼントすることもありません。

 じゃあどこに他人と家族の境目があるのかと考えたときに、それを示すのが里伽子なんですよね。

 だって、普通の友達なら手も繋がない。普通の友達には恋人に贈るようなプレゼントはしない。だって普通の友達なら――キスなんてしない。それでいて、仁の目線では里伽子はキスから許さなかったように見えている。世間一般に暗黙の了解がある以上に、仁にとって踏み込んではいけない領域はここで再定義がなされたわけです。

 恵麻に片思いすることも、過剰なスキンシップを重ねることも兄に罪悪感を感じなかったのに、キスから一夜を明かした途端に両親に顔向けできないレベルで罪の意識を背負っている。この行き過ぎた変化の背景には、里伽子によって刻み込まれたバイアスが起因していたりするのかもしれませんね。アナフィラキシーショックのようなものです。

 

 最後に、このシナリオの着地点について言及します。エンディングの主な点は以下2つです。

 

 ・恵麻との婚約によって新たな家族関係を構築

 ・旧ファミーユの再建

 

 一つ目はすごくわかりやすい話なのですが、二つ目は少しわかりにくいです。というのも、オチだけ見れば玲愛√とやってることが同じだからですね。でも、相手が恵麻では行動の意図こそ変わらないものの、その意味が大きく異なってきます。

 旧ファミーユは仁にとって家族の象徴です。家族は家にいるのが当たり前だから兄の位牌も店にあった。里伽子のリアクションは普通なそれであり、最終盤にて自分たちが変な関係性であることを周囲に認めてもらおうという行動方針とも合致します。

 すなわち、最初からへんてこな家族関係自体はちゃんと存在したんです。それを互いに消化し、再度自分たちは家族なんだと胸を張れるようになるまでが旧ファミーユを取り返す過程にあります。再構築というよりも、再定義と再認識ですね。

 

 確かに、世間的には仁と恵麻の関係はまちがっています。プレイヤーのなかにだって、現実で邂逅すれば眉を顰めるような人も一定数存在することでしょう。実家の反応も「呆れた」と記述されていることですし。けれど、その誤りの根底には根強い優しさが存在します。だから、まちがっていて歪んでいてもそれでよくて、正すことが全てではなく、誤謬もすれ違いも許容して背負っていける世界は辛く厳しくとも、しかし少しだけ優しいんだよと諭してくれたような気がしました。

 

 

 ●里伽子√

 さてさて、お待たせしました。こちら本日のメインデッシュこと里伽子√になります。

 正直、この√がなくとも萌えゲーとしては良作だと思います。でも、里伽子√が加わると、もはや良ゲーの域にとどまらない、神ゲーに昇華します。『パルフェ』が神ゲーと呼ばれる所以であり、里伽子√は最後に回せと耳にタコができるくらい聞かされる理由でもあります。

 最初にですが、ぼくの攻略推奨順はBAD→NORMAL→TRUEですね。ということで、まずはBADとの分岐である包帯のシーンとそれを巡る伏線についてお話していきましょう。

 

 この伏線、とんでもないです。鬼か悪魔か丸戸先生くらいですよ、こんなの。

 

 店舗は焼けてしまったが、幸いなことに人的被害はなかった。なぜならその日は月例会だったから――という暗示を繰り返す共通√に端を発します。でも、信じちゃうんですよ。当然です。だって、人的被害がなかったからこそファミーユは復興していき、最終的にはブリックモールでキュリオと張り合えるくらいに成長していくわけですから。そんな風にファミーユの復興過程をまざまざと見せつけられているプレイヤー視点では、よもや致命的な人的被害があったとは想像しづらいです。しかし、思えばそれもちゃんと仄めかされているんですよね。人員不足への再三の嘆きは、里伽子にもっと視点を向けろというメッセージだったと、今なら考えることができます。

 次に、他ヒロイン√にもその伏線は表れています。かすりさんのパティシエールとしての成長からファミーユへの回帰、明日香ちゃんのラストではファミーユに戻ってきますし、風見姉妹のいずれの√でもキュリオとバレンタインで共同企画をこしらえることができるくらい、ファミーユの復興は鮮やかに描かれています。

「もう......居場所、ないかもしれない」

 今思えば、里伽子のこの台詞は再び興っていくファミーユと、いつまでも立ち上がることのできない里伽子自身との対比を嘆いた台詞にも聞こえます。

 また、他ヒロイン√.......というか、この作品全体において「食べさせてあげる」という甘やかしが散見されました。ほとんどどのヒロインの√でもあったことでしょうし、共通にすら見受けられた。しかし、これらは所詮ラブコメ的な甘えでしかないという先入観をプレイヤーに植え付けるのに一役買っています。エロゲ―萌えゲーというフィルターにメイド喫茶でのイチャイチャを落とし込むことで、よもや「本当に食べさせてもらわなくては満足に食事もできないようなヒロインがいる」などとは考えられなくなります。あまりに構成が上手すぎる。

 伏線の張り方とそのひっくり返し方、それからプレイヤーが受ける影響まで計算しつくされているといった印象にはもはや鳥肌すら覚えます。

 そう。極めつけは、ぼくらプレイヤーに対する皮肉でもあります。

 

 なぜ、気が付かなかった――

 

 左利きなのにチャーハンを右手で食べていることも、CGとして明示されていて、気が付くタイミングはあったはずなのに。どうして、どうして。どうして気が付けなかったのか、という後悔を仁を通してぼくらにまで伝染させる戦慄の一手だと思います。

 このゲームの主人公は高村仁で、ゆえに改名もできない。それでも、プレイヤー自身がその手で里伽子を傷つけ、傷つけ続けていくのだと自覚させるための数多の√、幾多のイベント、膨大な数の台詞。全てがこの瞬間に集約し、形容しがたい心の傷を負わすことに機能していました。

 それから、里伽子BADは見たほうがいいと思います。最悪なので。

 BADにおいて、仁はファミーユも大学も辞めて地元に戻っているんですが、里伽子を傷つけたことを知ってこうなるって......なんというかすごいですよね。少なくとも、里伽子は現ファミーユで働いていたわけじゃなくて、大学に戻ったとて里伽子だって地元に戻っているのだから顔を合わせるわけでもない。仁が捨てたかったのは里伽子との思い出全てってことで、それでも里伽子を幻に見るのだから、本当に悪夢以外の何物でもないあと泣きました。それにしても、里伽子の涙声ってどうしてあそこまで感涙を誘うんですかね。深夜3時半とかに嗚咽漏らして泣いてしまいましたよ、ぼくは。

 

 あと、TRUEにおける仁と里伽子の店内での最後のやり取りのなかで、いつか仁が消耗しきってしまうという趣旨の発言を里伽子がしていたのがとても印象に残りましたね。どうも、仮定した未来のことを言っているのではなく、実体験を語っているように聞こえました。ともすれば、これこそが里伽子がかたくなに仁からの告白を拒んだラストシーンの背景になるのかなと。

 2年間、仁のために持てる力を尽くして動いた結果、里伽子は自身でも気づかぬうちに消耗していき、その反動が件の火災の直後に訪れます。そして、仁はそんな里伽子を支えることができませんでした。里伽子の目線に立ってみれば、今後仁が自分に尽くしてくれたとして、いつか疲弊しきってしまう日が来て......けれど今の自分では仁を支えることは難しいだろう、と。いつかははっきりとしないけど、それでもいつか必ず終焉がてくるという『最低の別れ方』を里伽子は経験から理解していたのだと思います。

 では、どうして最後の最後で里伽子が折れたのかというと、これはもう、なんというか最初から折れてるんですよね、『仕方ないなぁ......っ』って。徹頭徹尾、里伽子はずっと折れているのに、仁が踏み込まなかったり、踏み込めなかったりしただけなんですよね。戦いが始まる前から決着はついていたも同然なのかなと思います。

 

 

 

 そういった里伽子の性格的な側面もあれば、シナリオとしてはっきり反映されている場面もあって、例えば包帯の日からしばらくして、里伽子はファミーユを訪れます。仁はいませんでしたが、かすりと顔を合わせた際に仁の具合を伺い、元気そうであるという知らせを受けて愕然とします。何やってんすか、かすりさん。

 このシーンが、結論であるところの「ふたりで背負う」という部分に直結していて、こんな状態でも里伽子は憔悴した仁を背負いたかった。けれど、それは純然たる献身ではなくて、支えて欲しいというSOSの表れでもあります。偶然か必然か、半年間を経て、火災直後に里伽子がSOSを発したあの日が再現されていたと言えると思います。だから、このタイミングで手を差し伸べられた里伽子は大きく揺れることになったのだと、そう感じました。

 里伽子にとって、仁を支える行為はそのまま自身の存在意義ですが、それが叶わなくなった状況下で「ふたりで背負う」という結論に落ち着いたのは、意外と仁もちゃんと里伽子のことをわかってたんだなあと感動しますね。

 

 恵麻√と比較したときに、元々手中にあった関係性を再認識するのではなくて、新しい関係性を講ずる行為は、そのまま家族を増やす、人の輪を広げていくという心温まる結末とリンクしていました。家族が増えたことを、そのままの意味で直接的に描写しているのも里伽子√だけですし。

 夏海里伽子という女の子は、全√にわたって仁をサポートしてくれますし、清く正しく強くも見える。でも、現実にそんなスーパーマンよろしくスーパーガールがいるわけもなくて、実際のところは外殻にヒビが入れば最後、もろくも崩れ去ってしまうような等身大の人間でした。他の全√を使って描き切った夏海里伽子像を一気にひっくり返していく衝撃と、そんな現実感溢れすぎているヒロインを自らの手で壊してしまった罪悪感は、そう簡単に忘れられそうにないですし、最終的には里伽子が戻ってきてくれたシーンでのカタルシスは特筆に値するものがあります。伝説呼ばわりされるのも納得の一作でした。

 

 ●余談・今後について

 恵麻か里伽子か、どちらで触れるか悩みましたがここで触れます。

 イブの夜、恵麻か里伽子の二択を迫られるわけですが、どちらかの√を見た後だと、より一層見捨てるといった行動を取りにくくなっているのは、本当に孔明の罠だなと思いました。

 ぼくも例外に漏れず、よほどの事情がない限りは全ヒロインのシナリオを見たいですし、書き手側も無論そのことを前提に創っているはずです。だから、次のシナリオへの期待感を煽ることはしても、その逆はあまり見受けられません。他ヒロインの√で里伽子が一線を引きつつも問題解決に介入してくるのはその一例であり、里伽子√への期待着実に高めたことでしょう。

 しかし、イブの選択肢だけはその逆です。恵麻√を選べば、半年前の火災のときの憔悴していた恵麻を見せられます。いかに仁を愛し、彼に依存的であったか、その異常性と愛らしさをまざまざと見せつけられれば、次に選択肢を選ぶときだって、恵麻をどうしても選びたくなってしまう――いや、恵麻を選ばないという行動をどうしても取りにくくなります。だって、イブ時点の恵麻は仁がいてあげないとダメなんだから。

 また、里伽子√を選んだ場合はもっとひどいです。ぼくは里伽子√を後回しにしましたが、それでも初見時は恵麻の下に走ることをめちゃめちゃ躊躇いました。里伽子は仁がいないとダメだ......なんて、何をするでもなくそう思えてきてしまうわけで。

 そう振り返ると、本当に罪な構成をしているなと思いつつ、しかし相手の√においては「「「比較的」」」お互いに身を引いて仁との幸せを願っているように映ることは優しさで溢れている証左なんだなと。振られた方が未練たらたらで、あからさまにメンタルぶっ壊れていったら、次こそは彼女を救わないとと意気込むものですが、その逆を突いているのは感嘆を禁じ得ません。あと、呪詛も禁じ得ないぞ、丸戸さんよぉ。

 

 ということで、以上恵麻√、里伽子√の感想となりました。長々とお付き合いいただきありがとうございました。

 今後に関しましては、瑞奈√・美緒√をまったり回収しつつ、もしかしたらそちらも記事にするかもしれません。記事にならない場合は『天使のいない12月』の感想記事が次回分となるかと思いますので、また読んでいただけると幸いです。

 総括的なことはもしかしたらtwitterで言っているかもしれないし、そうじゃないかもしれません。今はただ、ぶっちゃけあまり物語全体を整理できているとは言い難いので、また思い出した頃にぼそぼそと呟いていそう、とすごくすごく他人事な感想で締めくくりつつ。

 

 では、またどこかで。

 TwitterID:@hope_0923

パルフェ(玲愛、由飛√)感想

パルフェ(玲愛、由飛√)感想

 

 どうも、ななみのです。
 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はまた読んでくれてありがとうオリゴ糖ございます。
 先日に引き続き、パルフェの感想記事ということで今回は玲愛√、由飛√についてそれぞれ触れていきたいと思います。
 後にも言及するかもしれませんが、玲愛√と由飛√はぼくはセットなんだなあと思っています。そういう意味では、このタイミングで記事にするには非常にキリがいいとも言えますね。

 

●玲愛√


 まず簡潔に。

 

 泣きました。

 

 以上です。
 と、これで終わっては何のための感想記事なのかわかったものではないので、なぜ泣いたのかについて詳しく書いていきたいと思います。
 ぼくが涙したのは

 

『お前の周りの世界は、お前が思うよりも、ちょっとだけ優しいんだよ』

 

のシーンですね。

 

https://twitter.com/hope_0923/status/1259123989907030016

 

 まあ、深夜帯にこんなことになってたわけですけども、やはり彼女の境遇と照らし合わせるとすごい泣きなんですよね。
 ピアノの腕では由飛には全く敵わず、悪気があってかなくてか――そんなことは彼女にとってみれば些細な違いでしかありませんでしたが、周りも由飛へ期待を寄せる。玲愛にとっての『周りの世界』とは、自分の努力が正当にも無碍に扱われる世界であって、優しさなんて概念はないも同然でした。
 結果、共通で仁に吐き出したように『妬ましい』という感情が渦巻いていながら、実直に向き合うこともまた根っからの堅物であるところの彼女にとって地獄であるという『前にも後ろにも進めない』状況にあったと言えますね。
 ただ、ここの部分に関して一言添えるのであれば、玲愛にとって最も優しくなかったのは他ならぬ玲愛自身だったように感じます。しかし、その厳しさは反面、玲愛のキャラクター性でもあり、由飛との対比が綺麗に分かれる部分でもあり、ともすれば彼女の魅力の一部分だったろうなと思うわけです。
 当然のことながら、玲愛自身がそんなことに気が付くべくもなく、彼女の精神状況にはマイナスに作用していったであろうことは想像に難くありません。それでも、由飛に対する『妬ましい』という感情はあくまでもピアノの腕に起因するものであり、それ以外の部分、例えば由飛の人格などへと矛先を向けることなく、不断の努力で乗り越えようと必死だったことは彼女の芯の強さが光るところだったなあと痛感するわけです。
 さて、思った以上に話が脱線してしまいましたが、そんな彼女の境遇を前提に玲愛個別を見てみると、これはもう泣きです。
 上の台詞は仁のもので、ゆえに仁の目線から見えていること、感じていることは玲愛のそれらとイコールではないし、玲愛に突き付けてみたとて素直に認めるとも考えにくいです……が、仁の大枠な台詞を肯定できたところがとても感動的でした。
 仁にとって、『お前の周りの世界』とはどこの部分を指しているのでしょうか。
 無論、直前のくだりではキュリオ本店にヘッドハントに赴いて、そして本店のスタッフは快諾してくれたので、『お前の周りの世界』にキュリオサイドの人間が入るのは確かでしょう。しかしながら、ヘッドハントという思案そのものが玲愛陥落を前提にしか成立しえないわけで、そして玲愛を口説き落とすまでの一連を作ってくれたのは由飛、里伽子、瑞奈に板橋さん、モールのキュリオスタッフと、大芝居を演じるためにとても多くの人間を巻き込んでいます。彼ら彼女らも含めて『お前の周りの世界』であり、だからこそ玲愛も肯定するに至ったのかなと思います。壁打ちですからね。
 玲愛√のシメであるところの、脚本・夏海里伽子による大芝居、これを契機に『お前の周りの世界』が目に見えて広がっていったことこそ真に優しい点なのではないかなと感じました。最初はベランダを挟んだ数畳もないくらいのこじんまりとしたふたりの世界、玲愛にとってはアイデンティティの存亡に関わる苦しい世界が、優しく照らされながら拡大していく様子は、ラブコメやギャルゲ、エロゲの輪を超えた場所に位置する感動を引っ張ってきてくれました。
 里伽子の芝居にもうひとつ加えるのであれば里伽子から由飛へ向けた台詞『嫌な役回りをさせてしまった』といった趣旨の言葉。あれは『玲愛を意図的に苦しめるという辛い立ち位置』のみならず、『結ばれないとわかっていながら、それでも仁と恋愛じみた立ち回りを強いられる役目』のことも入っているのだなあと思いました。事実、由飛はそれを感じ取ってか、後者に言及する形で、自身の後悔と寂寥を吐露しています。それでも、仁のリアクションは、計画を全て破棄するという自分の身勝手を許容してくれた里伽子に対して『やっぱいい女だよお前……』といったそれで、由飛が不憫に思えて仕方ないです。ここに関しては由飛√への期待を煽る部分だとも感じたので、玲愛→由飛の順での攻略が正着なのかなあとか、ぼくは感じちゃいましたね。
 台詞回しに関しても、『私のこと、嫌いになったら言ってね? そうしたら、仁を、自由に、して、あげる……から……っ』といったシリアスなやつから、『文武両道のストーカー』『満点はこれ以上上がらない』のくだりなど、会話のテンポもすごい好きで、パッケージを飾るに恥じないヒロインだったなと感嘆しました。

 ●由飛√


 『いやもうなんやねん』と、まずは最初に叫ばせて欲しい。時系列的に意図されたものではないとわかってはいますが(いや本当か?)、あまりにプレイバックするシーンが多くて胸がズキズキしていました。

https://twitter.com/hope_0923/status/1259007290318835713

 このブログの読者諸君様には伝わると思うんですけど、小木曽さん家の雪菜さんをひしひしと感じていましたね。そりゃもう、ひしひしと。
 んで、由飛個別の後半でどんどん由飛が壊れていくわけじゃないですか。もうね、しんどさの極みでしたね。なんでこんなところで辛い思いしてんだろとかひとりツッコミながら。
 由飛のどこが一番好きかって話なら、ぼくが挙げるのって告白シーンなんですよね。いやそれ個別の初っ端やんけって言われるのもわかるんですけど、ここの由飛がぼくはとても好きなんですよ、主に人として。
 突然の告白とはいえ、一度はお断り(由飛的にはそうではないらしいけど、傍からみたらどう考えても振ってます)をしたのちに再考してOK。まあ、何も知らなければ無茶な流れだなと思うところですが、風見由飛というキャラクター性のフィルターを通して見た瞬間に別の景色へと変貌します。


 『30分……30分だけ考えさせて』


 この台詞なんですよね。いやもう、本当にこの台詞が全て。
 風見由飛という人間は良くも悪くも考えません。感じるままに常に行動し、フロアでは客を和ませる一方、かすりさんや明日香ちゃんには渋い顔を多々されています。それが風見由飛であり、キャラクター性、魅力、アイデンティティとどこからも切り離せない部分です。
 しかし、ここで彼女が口にしたのは今から自分は考えるのだという意思表明。これってつまるところ仁への歩み寄りに他ならないわけですよ。感じるままに自分の世界で生きてきた由飛が、仁の人間性に近づいていくシーンは彼女が心を開いた証でもあり、非常に重みがありました。これを個別の初っ端にぶつけてくるの凄すぎてビビり散らかしてました。
 それから、由飛の√はやや中だるみしていて、盲目的に近づいていく由飛を淡々と描いて終わりなのかなと思いきや、そこは丸戸先生。そのまま終わらせてくれるなんてことはなく、ぼくのトラウマを……ってこの話はさっきしましたね。特に、由飛が弾けなかったのは玲愛が弾けなかった部分というオチで一気に目が覚めました。玲愛√では回収できなかった玲愛のピアノ的な側面を由飛√でぶっこんできて、おおっとなりましたよ。
 最後にですが、由飛の試験対策をファミーユメンバーで協力していくところもかなり好みでした。由飛が他人に近づいていくのが個別であり、それに呼応する形で他人もまた由飛に近づいていく構図はまさしく優しい世界に思えて、温かかったです。
 由飛の告白の返事『考えたこともなかった』というのが、『あなたを恋愛的に見たことがなかった』という意図が少なからず含まれていることは否定できません。しかし、別の見方として言葉通りに受け取ってしまう、つまりそもそも『大事なことを考えて決める経験が欠如していた』のではないでしょうか。

 ●ふたつの√について


 直前で書いたように、いずれの√も仁との恋愛劇を幕切れに用意したかすり・明日香√とは少し趣向が異なっており、彼女らそれぞれのアイデンティティを肯定するために用意された世界だったのだなあと胸が温かくなりました。
 メタ的な話になりますが、玲愛√の分岐と由飛√の分岐はひとつしかありません。両方とフラグを立てた後に、イブにてどちらを選択するか。早い話が、同時攻略が非常に容易であるということです。


『私が先に迫ったから仁は私になびいただけで、由飛とは、ほんのタッチの差だったのよね~?』


 これ、玲愛√の最終盤の台詞ですがお見事。その通りです。個別√にすら他ヒロインと全く同じイベントが発生するなんて、かなり特異なシナリオなのではないでしょうか。
 やっている途中は攻略サイトに促されるままに、「どうして玲愛のフラグも由飛のフラグも、どっちも立てないといけないんだろう」と不思議に思っていましたが、個別を完走すればわかります。玲愛の問題を解決するにも由飛の問題を解決するにも相手方の協力が不可欠となっており、かつそれぞれが仁のために動く理由――早い話が下心が必要だったからではないかなと。だからそれぞれのエンディングもまた相手に勝てる手段を選びます。喫茶店経営なら玲愛は由飛に勝てるし、ピアノでなら由飛は玲愛に勝てる。彼女らが無意識にも仁越しに見据えていたのは姉妹対決だったように感じました。
それから、結末の方向と同じくらい玲愛と由飛はきっぱりと性格が分かれており


『(仁の部屋を見て)由飛の部屋に似てる』
『仁……まるで玲愛ちゃんみたいだよ~』

 
 と、このような具合です。
 これめちゃめちゃ面白いのが、告白のときの反応で、玲愛に告白されたときの仁のリアクションと、仁に告白されたときの由飛の反応って非常に似ているんですよね。
 上の台詞とも合わせると、お互いにとってお互いの方向を向いたときにその直線上で手を伸ばしている存在が仁であって、だから玲愛にとっては由飛が、由飛にとっては玲愛がいたからこそ仁と結ばれたと言っても過言じゃないと思います。
 互いのアイデンティティに強く寄与したふたつのシナリオでしたが、それぞれの人生を彩っていたのは、その根底にいたのは誰だったのか、を明に示す素晴らしいエンディングであったなと感激しました。

 

 ●最後に

 

 前回(https://fancywave.hatenadiary.jp/entry/2020/05/09/025057)から合計で4人のシナリオに触れたわけですが、率直に申し上げます。

 

「どの展開においても、やっぱり仁は里伽子が好きですよね?」

 

 なんだろ、他作品で挙げるならWA2のかずさのような存在みたいな。
 これが浮気になっていないのって、偏に里伽子が拒絶チックな態度を見せているからだと思うんですよ。でも、それが逆効果になってもいる。
 里伽子が決して受け入れることがないからこそ、仁は安心して里伽子に思いを寄せることができるわけです。受け入れてもらうことを拒絶する姿勢は、実に歪に見えます。互いに拒絶し合うことを愛くるしく感じる状況もまた然りです。
 ぼくは、かすり、明日香、玲愛、由飛の順にプレイしてきたのですが、『仁が勇気を振り絞って告白する』みたいなシチュエーションは由飛が初だったように思えます。それ以外の三人では、既にヒロイン方が好意をあらかた示しており、するにしても告白時にはほぼ確信をもった状態で、いわばもはや告白されているも同然でした。そういう意味でも由飛の告白シーンは非常に新鮮であったなとも感じました。
 風見姉妹の√をプレイして少し思いましたが、仁はやはり里伽子に寄っています。元鞘以上に里伽子を意識する理由は、仁の言動の節々から里伽子らしさを感じ取っているからなんじゃないかなとか、まあここらへんはあくまでも妄想。実際、相談に乗ってもらっているしね。
 ただ、プレイ以前から他ヒロインの√でもここまで幅を利かせて、プレイヤーの意識に介入してくるヒロインもなかなかいたもんじゃないなと感想を抱いた次第でございます。

次回は恵麻√か、あるいは里伽子√もセットかはわかりませんが、『パルフェ』の中核へと近づきながらここらへんでお別れしたいと思います。
 それでは、またどこかで。

パルフェ(かすり・明日香√)感想ブログ

パルフェ(かすり・明日香√)感想ブログ


 どうも、ななみのです。
 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はまた読んでくれてありがとう。
 『WHITE ALBUM2』の感想記事からご無沙汰して早一年近く、奇しくも丸戸作品にてまたしても筆を執る運びとなりました。
 この記事のスタンスとしては、「Twitter上では書けないことを残す」というコンセプトがひとつあります。意図は色々ありますが、つまりは当然ネタバレもります。
 そういうわけで、未プレイの場合はブラウザバック推奨です。ではでは早速。


 さて。何から書けばいいことやら。まずはそれぞれ雑多に感想を書きなぐっていきましょうか。

 ●かすりさん√

 一周目、ぼくが引き当てたくじは共通エンドだったんですが、全ヒロインを物色したなかで最も好みに近かったのがかすりさんでした。以前FFの方と話したことがありますが、ぼくは年上の女の子が好きです。しかしながら、それ以上に年上ぶっている女の子が好きなのです。そういう観点からはかすりさんに目が惹きつけられるのも必然的、まさしく運命の出会いというに恥じないのではないでしょうか。
 んなわけで、個別ルートの話に入りますが……かすりさんの話のはぐらかし方が好き(……これ個別の話になってるんでしょうか、甚だ疑問)ですね。つまるところ、丸戸節が著しく好みであるとも言えるわけですが、生憎そんなたいそれたことを口にできるだけの知見はないのでなくなく割愛致します。
 個別のシナリオでいうと、すれ違いから上げていくパターンはお見事。見ていて安心感すらありましたがね。
 後に、かすり√にはもう少し言及しますが、一言でまとめるならば最初に攻略すべきヒロインだと思いました。恋愛塾のくだりは確か共通ルートですが、好きですし、それから『厨房で髪洗った~』の流れもドキドキしちゃいましたね。


 ●明日香ちゃん√

 鬼のように可愛かったですね。ヒロインそのものに関しては好みが分かれるのでぼくの好みに合致したと言ってしまえばそれまでなのですが、背伸びしている思春期の女の子が『琴線に触れる』わけですよ。
 ヒロインが可愛いで終わらないのがパルフェの凄いところで、シナリオの一見ギャグパートに見える部分すらもシナリオ本体をばっちり引き立てているわけですよ。
 それが特に顕著なのが、個別でのお正月のくだりに端を発す『キスから前に進めない』騒動です。明日香がファミーユへの思い入れを積み重ねるためのイベントにも映りますが、意図的に仁と明日香の恋人らしさを封じることで、より明日香の想いを煽っています。本来ならば最終的に到達した「自然体で進んでいく」的な方針にサクッと流れても無理ないわけですよ。実際、仁は明日香に惹かれながらその劣情を持て余していましたし、しかし自身の立場との間で葛藤もしていたわけです。そんな彼からすれば「高校生の明日香に合わせてゆっくり進んでいこう」なんてあつらえ向きな結論、もっと早く辿り着いて然りなんです。
 それでも、仁が実際に辿ったのは映画館で感情を爆発させたりなど、全く逆方向で、結果としてギャグパートは明日香の感情以上に、仁の劣情を高めていたとすら言えると感じましたね。しかしながら、その逆噴射的な要因でラストに至れているわけですので、踏ん切りをつけるためには正解択を引いていたんだなあと。
 あと、明日香ちゃんの告白台詞好きすぎました。『ワンツーフィニッシュ』のくだりからの。
『雪乃明日香は、ごく普通に……統計的に見ても、当たり前のように……自然に、あなたを好きになりました』
 ……名告白すぎひんか? 5億点満点です本当にありがとうございました。


 ●パルフェという作品と夏海里伽子という存在について
 この作品を完走したオタクは好むと好まざるとにかかわらず、その大半が夏海里伽子の名前を出します。いつか、そう遠くない未来にこのブログでも触れることになるでしょう。共通ルートでぼくが垣間見た彼女でさえ、その印象は鮮烈であり、かすりや明日香がド直球に可愛さを前面に押し出してきたのとは一風どころの騒ぎではないレベルで雰囲気が違いました。
 そう、ここで挙げているのは「ヒロイン」としての夏海里伽子ですが、それはあくまでもプレイヤーのぼくら目線、仁目線での話ですが……この世界にはぼくら以外にも多くの人間がおり、かすりや明日香もそのひとりに漏れません。
 そして、パルフェのオープニングが流れるのは由飛との邂逅直後だったと思いますが、外様の彼女と違い、特にふたりは夏海里伽子という人物をよく認識しています。元同僚として、それ以外の「女」として……。
 少々迂遠な言い回しになりましたが、里伽子は自身のルート以外にも大きな爪痕を残しています。それは特にかすりのルートで顕著です。
 かすりと付き合い始めの頃、バレンタインの新商品について仁はいつものごとく里伽子に相談します。しかし、かすりからはそうは見えなかったようで……という流れでふたりのすれ違いが発生します。
 それでも、少し冷静になって考えてみると疑問に思うわけです。あまりに嫉妬の振れ幅が大きやしませんか、と。仮に里伽子が元鞘的な存在だったとして、かすりと付き合う前から仁が里伽子に相談を持ちかけることも、ふたりで話していることなど日常茶飯事だったわけです。明日香のように、恋人関係を強くプッシュしていたのならまだしも、関係性すら確立していない状況で嫉妬を露わにするには少々動機が弱く感じます。
 ところで、かすりと明日香に共通することですが、ふたりは仁にとって、無条件で都合のいい女「でした」。かすりはお姉さんとして軽口を叩き合う立場。明日香は部下として、教え子として物分かりのいい子で。そして付き合い始めてからもそれぞれが自身のキャラクター性に固執しつつも満たされなさを覚えていきます。ふたりともが、言い換えるなら心地が良い存在、関係性でした。でも、その空気感は恋愛へと一歩踏み出せば瓦解し始める……ともすれば弾き出される答えなどひとつしかありません。
 完全に妄想になりますが、里伽子に対してヒロインレースで遅れを取っている状況で、それでも仁に想いを寄せていたかすり、明日香はいつしか自身で在ること以上に仁にとって心地よい存在を無意識に目指していったのではないでしょうか。なにせ、その立場だけは仁にとって里伽子では埋められないポケットで、同時に恋愛関係へとステップするにあたっては崩壊をしいられる蜜だったわけですから。
 と、ここまでたらたらと妄想をお送りしてまいりましたが、物語開始時点から夏海里伽子パルフェという作品そのものを歪ませるレベルで大きな影響を与えていると言っても過言ではないでしょう。
 なぜかすりが年上の経験豊富な立場に拘泥したのか、どうして明日香は『せんちょ』であることにしがみついたのか。最後には――部分的に手放すに至ったのか。
 すなわち、個別ルートは夏海里伽子という呪いから仁が逃れるまでのシナリオで、だからこそ彼女と戦うために生み出した武器を地べたに置くエンディングが用意されているわけです。
 一般に、呪いを解くにはふたつの方法があります。
 ひとつは、より強力な呪いで上書きする方法。これこそがかすり・明日香√の正体だと考えました。
 そしてもうひとつは……術者本人を倒すという方法です。そのまんま、里伽子を苦略することにありますね。里伽子√です。
 前者と後者の決定的な違いは、術者と関わらずに済むかそうでないかです。だから、両ルートにおいて里伽子の介入は驚くほど、意図的に少ないですし(それでも明日香ルートでは敗北宣言をするために登場するのですから、よほど彼女の存在は意識されているのではないでしょうか)。
 しかしながら、ここまで読まれた諸兄はこうも思われたことと思います。

「……火力ぶっぱして術者しばいたほうが早くね?」

 ……気持ちはめっちゃわかりますね。かくいうぼくも、最初の草むらでゴウカザルにまで進化させたこともあります。おっしゃる通りだと思います。
 ただし、抜け落ちている点があります。
 ひとつは「……そもそも火力足りてんの?」ってことです。要するに、ヒコザルゴウカザルにまで育てるだけの経験値が不足しています。言いかたは悪いですが、前者での解呪が邪道的な立ち位置にあるのであれば、それらは経験値を積むための戦い、パルフェの世界をよりよく知るための戦いなのでしょう。
 もうひとつは「……てか、ただクリアするだけでいいわけ?」ってことです。最短距離をRTAするだけがゲームじゃないです。ノベルゲーのようにシナリオをある程度
重要視しているコンテンツであればなおのことで、ゲームクリアと同等レベルで丸戸先生がプレイヤーに伝えたいことがあるんじゃないでしょうか……という憶測。こちらに関しては里伽子√をやってみるまでは半信半疑ですがね。
 ですが、ここらへんが重く扱われているのであれば、攻略推奨順を頻繁に耳にすることにも頷けます。

 等々、パルフェというゲームにさらなる期待を寄せたところで眠くなってきたのでいいさここらでちょっと筆を置きましょう。
 次は由飛ちゃん、カトレアルートかな? また会いましょう。

『WHITE ALBUM2』プレイ日記coda雪菜true感想

日目

えーと、お久しぶり……です?
とりあえず、更新が遅れて申し訳ないです。

さーてと。何はともあれ、まずはここから。
プレイ順的には一般的なそれとはかなりかけ離れたものなのかもしれないけれど。
もしかすると、もっと感動を噛み締めることができるような道のりがあったかもしれないけれど。
それでも一応。ぼくなりのやり方で、coda雪菜ルート、完走しました~~~!

前回がcodaに入る前の触りみたいな感じで終わらせたはずなので、今回はcodaのシナリオについて全体的に話していこうと思ってます。
あ、この文章が敬体になってる理由は感謝とか感動とかそっちからです。丸戸先生、本当にありがとう…………。

何から話せばいいか、と迷うからシナリオを追って語っていこうと思う。もちろん、話の順序が支離滅裂で、あっちゃこっちゃ飛んでいくこともあるかもしれないけれど、そこはご容赦を、ということで。

始まりはストラスブールでの5年越しの邂逅。決して出会ってはいけないふたりが、天文学的な確率で、かつ最悪のタイミングで──
この辺の春希とかずさのやり取りを見ているのがあまりに辛くて、しんどくて、ひたすらにvitaの〇ボタンを連打するマシーンと化してました。何がしんどいって、春希がかずさのことを愛してるってことがひしひしと伝わってくるのが、雪菜に肩入れしているぼくとしてはしんどかった。あたかも自分が雪菜であるかのように会話を聞いてました。これまでは、プレイする場所に関わらず、必ずイヤホンでプレイしていた(その方が雪菜やかずさの声が直に伝わってきて好きだから)のですが、この時は春希とかずさの楽しそうな声を聞いているのが辛すぎて、イヤホンではなくスピーカーでゲームを進めてました。それでもきついことにはきつかった。目線を変えれば、introductory chapterの頃のかずさももしかするとこんな思いを抱いていたのかもしれないな、ってふと気がついたけど、そんなことを考えたのはついさっきで。プレイしていた数日前は、本当にただただしんどかったです。
ちなみに、雪菜には正月前の段階で、かずさと会ったことを正直に伝えました。雪菜に隠し事をするのはやっぱりぼくには無理です。どんなに春希が上手に隠そうとしても、雪菜はきっと、どこかしらで気がついてしまうから、なんて理性的な理由は後付けだったりして。ただただ、雪菜に隠し事をしているのが辛かったからです。コンサートの後の春希も言ってますが、これ以上雪菜のことを裏切ったり、騙そうとしたりするのは、メンタル的に無理。
個人的には、浮気や不倫は墓まで持っていけ、って思ってるんです。上手に隠して、何としてでも露呈しないようにハラハラしながら、十字架を一生背負って生きていくのが、相手に対する何よりの責任の取り方かなって。結局のところ、相手に吐露してしまいたい理由は、全部吐いて、背負ってきた荷物を全て投げ捨てることで楽になりたいから、でしかないと思ってるんです。罪を捨てないことが、たとえ身勝手でも贖罪なのかなって。
だとしても、最終的に隠しきれなくなってしまうのであれば、いつ言っても同じ話で。むしろ、隠した分だけ不信感は募るわけですしね。雪菜には隠し切れない、ってintroductory chapter、closing chapterを通して痛感していたところだったので、覚悟を決めて、打ち明けるしかないと思いました。これが雪菜エンドに繋がったのかどうかはわかりません(少しメタ的な読みがあったことは否定しません)。

さて。出張から帰国して、かずさの来日コンサートを知った春希。かずさとの再会を告解したことで雪菜とギクシャクする一方で、冬馬かずさ密着取材によって、かずさとの距離を一気に縮めていく。刻々と迫るコンサート当日──

「私が先だった,私が先だったんだ」
はい、これ。本当にこれ。
それで、この作品で1番泣ける曲なんですよね、『After all 綴る想い』(DAMには入ってませんが、JOYならカラオケで歌えます)
実のところ、そんな気はしてたんですけどね。ぼくは、ic→cc雪菜ルート→coda雪菜ルートって走り抜けてきたので、かずさが初キスの相手だってことは確定はしてなかったんです。icの雪菜の言葉の節々を思い出すと、なんとなくそうかなあーって、そんな曖昧な感じだったわけですが。
春希を取られるとは思っていなかったからこそアクションを起こさなかったかずさですが、もし、もし雪菜の気持ちを知っていたら、かずさは春希を奪ったんだろうか、って。それだけがものすごく気になります。
ぼくはプレイ中、雪菜しか見えてなかったのでかずさを受け入れる選択肢はありませんでした。拒絶したかった。受け入れることが辛かった。かずさとキスするシーンもちょこっとだけ覗いたんですけど、もう無理だったんで即時撤退です。
話あっちゃこっちゃいくんですけど、かずさが変装するために作った姿、伊達眼鏡で髪結んでってそれ完全に雪菜じゃーん……と。
雪菜はいつだってそばにいたんですよ。外での格好は昔の雪菜でしたし、何よりもぼくは雪菜になった気分で、春希とかずさを見てました。だから、とても辛かったです。でも、かずさもicで同じ思い、してるんですよね。受け入れるかどうかを選べるcodaなだけまだマシかもしれません。

ついにコンサート当日。雪菜のもとへ向かう春希。もはや壊れてしまったかずさ。そして、明かされる冬馬曜子の病気。何重もの困難に襲われる中で、春希と雪菜はかずさを立ち直らせるべく動き出す──
雪菜とかずさのバトルは、まさに丸戸さん、って感じでしたね。
あと、このふたりの言い争いの中で、雪菜はかずさに「臆病者」と言い、かずさは雪菜に「偽善者」と言い返すわけですが、これもなかなか面白いなと思いました。
もしも、雪菜が偽善者だとしたら「本当はかずさのことなど好きではなくて、春希のために嫌々役を引き受けている」ということになりますし、かずさが臆病者だとすれば、「春希のことが好きで好きで仕方ないが、臆病さ故に想いを打ち明けることができなかった」となるわけです。
しかしながら、お互いにとってその認識は辛く苦しいものです。本心では「雪菜が自分のことを好きだというのは本音であってほしい」「かずさが春希に想いを打ち明けなかったのは、春希のことをそこまで好きでなかったからこそ、であってほしい」なんて願ってるわけです。お互いの願望と真反対のことを叫んでいるからこそ、雪菜が言うような、「こうなっちゃう」わけですね。
かずさの言葉を借りるなら、「不倶戴天の敵」なのに「親友」でありたいふたりの複雑な感情がそこにあるからこそ、ふたりは素直になれないのかな、なんて思いました。同じ空の下で共には生きられないことと、親友であることは、普通どう考えたって両立などできっこないわけですが、それをしたいというワガママが、無自覚に歪んだ関係の原因なのかもしれないな、と。

なんとか立ち直ったかずさの加入で、とうとう軽音楽同好会は再び動き出す。コンサートへのタイムリミット、雑誌の締切が迫る中、かずさからは驚きの提案が。3人旅の終着駅はいずこへ──

はい、やっと……やっとcoda雪菜trueが終わります。終章です。
この3人の雰囲気は、icの合宿の頃のそれと本当にそっくりなんです。
「俺たちが3人でいられた最後の日だった」
この言葉は、ic文化祭当日の春希の独白です。この言葉は果たして、codaでも有効なのでしょうか。
別作品の考え方を引用してしまいますが(巧妙なステマ)、『とらドラ!』の川嶋亜美ちゃんも言っているように、告白をなかったことになどできないし、好意を知ってなお、知らんぷりして今まで通り~などということはできません。つまるところ、好意を知ってしまえばその関係は崩れてしまうわけです。より正確に言えば、必ずしも崩れてしまうわけではありませんが、それでも以前と同じ形のままで……というようにはいかないものです。いい方向にしろ、悪い方向にしろ、変化は確実に訪れます。
だから、先ほど言ったように、雰囲気が"そっくり"なのですが、それはあくまでもそっくりなだけで、贋作に過ぎません。
それでも、たとえ贋作であっても意味が無いなんてことは思わないし、思いたくないんです。それを確認するプロセスが、春希が雪菜を頼り、雪菜がかずさを救った流れだったのだろうと思います。ニセモノであっても、もう一度ニセモノが見たかったんです。それは3人でいることを諦めるために──
3人でいたいんです。でも3人ではいられない。不可能だから実現しないだけであって、実現させたいという思いは変わりません。
けれど、3人でいられないこともまた必然なんです。3人でいたいと思いつつも、雪菜もかずさもふたりきりでいたいと願っているから。
だから、ちょっとずつ慣れたんです。ひとりぼっちと、ふたりっきりに。
そういう意味で、軽音楽同好会再結成に至るまでの道のりは、3人でいることを諦める覚悟を決めるものだったと言えるでしょう。
故に、辿る流れは全く同じなのです。祭りが終わってしまえば、贋作は呆気なく砕けて、霧散してしまう。付属祭の時と何が違かったかといえば、3人の時間が終わってしまうことを、3人ともが理解して、ステージに臨んだことにほかならないのでしょうね。
さて、当ルートは雪菜trueと謳っていますが、かずさの名言も目立ちました。
「あたしの目指す場所じゃなくていい。ただ、あたしの帰る場所でいてくれればいい」
個人的には、本作通しても屈指の名言だと思ってるんですこれ。
かずさの世界にそれまでいたのは、春希と曜子だけだったわけですが、春希は雪菜を選び、曜子は病から死の危険すらもありうる状況になりました。つまるところ、以前までのかずさの世界は崩壊目前だったわけです。
そんな中で、雪菜と向き合い、3人での時間を経て、春希への感情を「愛してる」から「大好き」に変えたように、曜子に対する感情もまた「目指す場所」から「帰る場所」へ変えたわけです。
ぼくは、感情が「変わった」とは思ってないです。「変えた」というか、変える覚悟を決めたというのが正しいと思ってます。だって、人の気持ちってそんな簡単に変わりませんから。5年思ってきたなら、忘れるのには10年はかかるでしょうし、曜子との付き合いはもっともっとですから。それでも、かずさにとっては大きな変化だろうなと感じました。大局的な意味では、感情は変わってるんですが、こういうのってシロクロ明確につけられないのが難しいですね。かずさの変化が明に表れた一言でした。
雪の中での春希と雪菜の掛け合いは、本当に、codaの集大成だったと思います。全てが素晴らしいの一言に尽きます。生憎、語れるだけの言葉を持ち合わせていないのでこれ以上の言及は避けますが、何度も見直すくらいには好きです。

さて、総括ですが。
この歪な三角関係は、誰かが変わることなくして、解決はなかったんです。それに、解決しなければ誰かが壊れてしまうこともまたcoda中盤までで明らかにされてきたことでした。
では、変わったら負けなのでしょうか。それとも、変われないことこそが敗北なのでしょうか。
春希を諦めたかずさは負けたのでしょうか。しかしながら、結婚式で泣いていたのはかずさではなく、雪菜でした。
変わった誰かも、変われなかった誰かも、何もかもを受け入れることしかできなかった誰かも。
誰も彼もが苦しんで、辛い思いをして、こんな苦々しくて恥ずかしくて、でもどこか誇らしい感情を、一生抱えて生きていくのだと思います。

最後にひとつ気になったことを書いて終わりにします。
全ルート通してですが、雪菜のわがままさが変わってしまったシナリオは、例外なく幸せな終わり方をしないです。幸せの概念は人それぞれであり、殊ギャルゲにおいては相対的評価しかくだせませんが、他ルートと比べてみると、すっきりしないエンディングを迎えることが多かったように思います。
だとすれば、『WHITE ALBUM2』とは小木曽雪菜のための物語だと言えるでしょうね。

まあ勘なんですけど、丸戸先生はきっと、かずさのためにシナリオを書かれたのだろうな、と。根拠も一切ない憶測ですが、そんな妄言を結びの言葉とします。